調査・研究

ゴルフダイジェスト・オンラインの環境変化に揺らがない対話のカルチャーと価値を生み出す人事制度の実践(後編)

前編では、GDO(株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン)の人事企画室のお二人に、コロナの影響でも揺るがなかった対話のカルチャー、そうしたカルチャーの背景にある人事評価・コミュニケーションにおける大切なポイント、そして400名規模の横のつながりをオンラインでつくるチャレンジなどについてお伺いしました。後編では、より具体的にパフォーマンス・マネジメント変革のプロセスやその考え方、人事として大切にしていることをお伺いしていきます。

チームで生み出したい価値(Value)を共有する大切さ

―リモート環境においても評価の納得度が高かったということですが、人事制度はどのような考え方を大切にされているのでしょうか。そして、今回コロナ禍において、気づいたことがありましたら教えてください。

秋山さん:GDOの目標設定は、WILL・CAN・VALUE(やりたいこと、できること、生み出す価値)を土台にしています。そこで、マネジャーには、メンバーのWILLは何なのかということを聞いて、育成や業務アサインにつなげることをお願いしてきました。反省点として、WILLを強調し過ぎたかなと感じています。サーベイで上がってきた具体的な声としては、「WILLはあるけど、アサインされない」「コロナの影響による予算削減で、WILLや目標が実行できなかった」などがあり、自分のWILLが実現できないと感じている人が一定数いることがわかりました。

それがなぜなのかと考えたときに、WILLと目標のバランスが取れているチームは、チームで生み出したい価値は何かという、「VALUE」についての話し合いができていることがわかってきました。この業界はこれからどうなるのか、会社はどう変わっていくのか、その中でこのチームの役割はどうなっていくのかという、私たちのこれからを共有するVALUEの対話がないと、「私はこうしたい」というWILLが強調され過ぎて、そこにずれがあったのではと考えました。そこで、マネジャーには、WILLと同じぐらいVALUEの大切さをチームに伝えることで、ワンクッション置いていきたいということを話しました。

陣野さん:キャリアのフェーズによって、WILLを持っている人と、まだ手探り状態の人がいたときに、チームでVALUEを共有することは大切だと思っています。「私はこの価値を生むことを目指しているから、それでいい」ではなく、迷っているメンバーや調子が落ちているメンバーがいたときに、助け合ってチームで生み出す価値を高めることが必要だと思います。

WILL・CAN・“MUST”から、WILL・CAN・“VALUE”へ 社員の主体性と、生み出す価値にフォーカスした人事制度への取り組み

―ここからは、GDOが創り上げてきた人事制度の背景やプロセスについてお聞きしたいと思います。今の人事制度を含めたパフォーマンス・マネジメントは長年培われてきたものだと思いますが、どのような変遷を経てこられたのでしょうか?

秋山さん:「ゴルフで世界をつなぐ」という会社のミッションが設定されたのが10年前、そして「Work Fast」という働き方の行動規範が共有されたのが、2013年のことでした。このミッションと行動規範を中心に据えて、具体的な人事の施策に展開していく動きが加速されたのが5年前です。そして、2年前くらいに制度変更を行いました。

陣野さん:6年くらい前までは、部門長がつくった上位目標を部長の役割に落として、部長がマネジャーの役割を決めて、マネジャーが決めた役割をメンバーに伝えていました。つまり、自分で目標を考えるのではなく、言われたことをやるという意味合いが強かったんです。そして、目標はできるだけ数字で定量的に設定して、達成率を明確にしましょうと伝えていました。

秋山さん:当時は、WILL・CAN・MUSTの目標設定で運用していましたが、パフォーマンス・マネジメントについて探求する中で、MUST(やるべきこと)はこのままでよいのだろうかという違和感を感じ、WILL・CAN・VALUE に変えたのが2年前です。制度を変更するにあたり、5年前の部門長合宿に始まり、1on1の導入、チーム内の対話促進などの準備を進め、それらが整ったタイミングで制度を変更しました。
また、ボギー(低評価 ※ゴルフ用語)の評価になっても給与が下がらない仕組みにすることで、具体的なフィードバックを行い、次の成長につなげるなど、評価の思想そのものを変えていきました。評価をするマネジャーは、よく知っているメンバーであればあるほど、メンバーの家族の顔が浮かんだりしてボギーの評価が付けにくくなります。そのため、評点にとらわれることなく、できていない部分や改善点を、育成の観点からしっかりとフィードバックできる体制を整えていきました。

陣野さん:そうした取り組みを進めた結果、評価とコミュニケーションに関するサーベイで、制度の改定前はよく目にしたのに、改定後は見なくなった言葉があることに気づきました。それは、「相対評価」です。サーベイを取ると、マネジャーは高く評価しているものの、相対の結果で評価を下げたということが生じて、メンバーの評価への納得度が下がっていました。それを課題に感じ、また、将来的な成長やモチベーションにつながると考え、メンバーの評価を絶対評価に変えました。

秋山さん:私たちが実現したいことは何か、やりたいことは何かを地道に探し続けてきた結果として、ほぼノーレイティング(評価段階づけしない)に近い制度に近づいてきた気がします。評価はしていますし、評価に基づいて給与も変動しているので、完全なノーレイティングではありませんが、メンバーが「やる」と決めたことにどう取り組んできたのかを評価する主体的な目標設定と評価になってきているのではないかと思います。

同調圧力ではなく、協働を。体感的に感じてもらえることを大切に

―WILL・CAN・VALUEの目標設定と評価の運用は、慣れないマネジャーにとってハードルがあったかと思いますが、どのように運用を行ったのでしょうか?

秋山さん:まず、私たちが制度変更を通して実現したい哲学として、『コ・クリエイション・マネジメント』があることを伝えました。そして、1on1をもとにした対話をチームで進めるサポートをしていきました。ただ、思想の大切さを頭で理解してもらうというよりも、実践を通して感覚的・体験的にそうした重要性への共通認識が育っていったのかもしれません。

―お話を伺っていると、会社が大事にしている価値観への共感が、自然とマネジャーに生まれている状態が実現できているように感じました。それが、カルチャーの醸成に大きく影響していたのではないでしょうか。

秋山さん:1on1の実施率が何%で、やっていないマネジャーは誰だという管理的な方法で進めなかったことも影響しているかもしれません。GDOはゴルフに例えることが多いのですが、「審判はいません」、でも「マナーは守っていく」ということは大切にしています。同調圧力ではなく、みんなで協働していくということを体感してもらえるようには意識しています。

陣野さん:サーベイを人事からマネジャーにフィードバックするときも、どんな結果だったのだろうとドキドキしている方もいます。そのときに、結果があまり良くなくても、ではどうしていきましょうかといった感じで話すようにしたり、マネジャーの悩みを聞いたりしています。そういう関わりも影響しているかもしれません。マネジャーの方も一生懸命やる中で、メンバーにはどう映っているだろうかと、ヒントや気付きが欲しいこともあると思っています。秋山さんは部門のミーティングにも出るようにしていますよね。

秋山さん:事業部ミーティングやマネジャーミーティングなどに混ぜてもらっています。何を言うわけでもないんですけどね。

陣野さん:人事対部門にならず、何かあったらお互いに声を掛け合いましょうという関係性にしていきたいと思っています。

人事部門はなくしてしまえばいい。 社員が自走して、いきいき働いている組織が一番の理想。

―今後、人事として実現したいことや、やっていきたいことはありますか?

秋山さん:去年の初めだと思いますが、会社として壮大な事業計画を立てました。その実現に向けて「アポロ計画」という五カ年計画を打ち出した際に、人事としての「アポロ計画」を検討しましたが、「人事をなくしてしまえばいい」という話になり、盛り上がりました。人事が必要のない組織になることが、我々が一番目指しているところではないかと。組織として自走して、みんながいきいき働いていることが究極だねと、人事のメンバーみんなが腹落ちしました。

陣野さん:「5年後の人事企画室はどうする?」と考えたときに、極端な話、いらないんじゃないかと。

秋山さん:本当に人事部門を廃止できるくらいの組織をつくり上げられたら、その先、人事に閉じずいろいろな仕事ができると思っています。

陣野さん:たとえば子どもに対して、時間がないときにやむを得ず「〇〇して」と具体的な行動を促すことがあると思いますが、社員にもそのように無理やり強制することはできるだけしたくないなと思っています。個人の内発的な動機が一番成果につながると思いますし、その後の本人の楽しみにもつながるのではないでしょうか。強制感やルールで管理するのではなくて、何かを生み出せる環境をつくる、雰囲気をつくっていくことを大事にしたいです。今回のshine会(前編に掲載)もそうですが、「みんながコミュニケーションを必要としている」「一人暮らしの新入社員がずっと自宅で仕事をしていて孤独を感じていないかと心配」などといった社員からの声を聞きながら、最適な環境をつくっていきたいと思っています。

秋山さん:強制ではなく、一人ひとりが主体的に考えて行動する。そして、その考えの実現に向けて、周囲が「それは面白いね」と言って協力し合う。そのようなカルチャーをもっとつくっていきたいです。あと他に最近考えていることとしては、全体最適ではなく、部分最適も大切にするということもやっていきたいと思っています。たとえば、社内のイベントを全員強制参加で、みんなが盛り上がらなければいけないというのは難しいと思っていて、楽しみたい人は楽しんでもらって、そうではない人には別のことを他でやろうと。人事は全体とか、公平にということを考えますが、そうではない部分もあるよねと感じています。

陣野さん:今回お伝えしたコロナになってからの取り組みもそうですが、何事もやってみなければわからないですよね。だから、これからもとりあえずやってみるということを大切にしたいと思っています。失敗しても、次に活かすことができればいいよねと捉えて、これからも進めていきたいです。

編集後記

GDOのお二人にお話を伺い、誰も先が予想できない環境の中で、危機をどう捉えるか、そして前進するために今できることを考え、チャレンジされてきたことを感じました。そして、答えがない中で、自分たちは何を実現したいのかを問い続け、結果的に今のノーレイティングに近い人事制度にたどり着いたお話には、これからのパフォーマンス・マネジメントに大切なヒントが多く詰まっているように感じます。

たとえば、パフォーマンスとは縁遠いように感じる対話のカルチャーが育まれていることが、成長を支援するためのフィードバックにつながり、パフォーマンスを支える基盤になっていること。
人事制度にすぐ着手するのではなく、「ゴルフで世界をつなぐ」という実現したい状態を探求し続けることで、組織に合った制度が見えてくること。
主体性、協働、チームで価値を生み出すなどの大切にする思想と、カルチャー・制度を一貫させ、あらゆるコミュニケーションで表現し続けること。
そして、それらを実施する人事の方が、一人ひとりの内発的動機を大切にし、いきいきと働く環境づくりを心から願っていること…。

人と組織の関係性は、新型コロナ渦での経験を経て今後さらに新しいものとなっていくでしょう。
組織として新たな一歩を生み出し続けるために、私たちは何を大切にしていくのか。
日々実践し、問いを持ち続けることで、皆さんと学びの循環を深めていけたらと感じています。

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