コラム

No Rating についての考察

パフォーマンス・マネジメント革新の中でも、成果主義とほぼ一体となっていた年次の評価段階付を廃止するノーレイティングの動きは、センセーショナルに受け止められており、著名な企業がノーレイティングに踏み切るごとに、ニュースとなって報じられています。 より良い経営のあり方・マネジメントのあり方を実現するための取り組みは、他にも様々な形で行われているのですが、各社がなぜノーレイティングに踏み切ったのか、その背景や意味するところを探求することは、パフォーマンス・マネジメント革新の本質を理解するうえでとても重要なことと思われます。 本稿では、現在進行中の第2期パフォーマンス・マネジメント革新研究会において行われている議論の途中経過を、株式会社ヒューマンバリューが整理したものをご紹介させていただきます。

ノーレイティング、他者との比較から成長・チャレンジの促進へ

マイクロソフトでコンペンセーションを担当しているジェイ・リッチー氏は2015年に行われたカンファレンスで、「レーティングのシステムから得られる透明性は不健全なものです。透明性というのは、他の人が何をやったかではなく、自分が何をやったかについてのものであるべきです。同僚との比較ではなく、昨年の自分との比較であるべきなのです。透明性という言葉が何を意味するかをマネージすることが大切です」と話しています。

​他者との対比から自分の過去現在未来との対比へと視点を変え、スタンフォード大学のキャロル・ドウェック氏が提唱したGrowth Mindsetを育んでいくための1つのアプローチとして、ノーレイティング(相対評価をなくすこと)を位置付けることもできるのではないかと思います。

​研究会の中でも、「事業が成長軌道にあるときは、内部競争で頑張ることが成果にもつながるので評価段階付にフィット感はあったけれども、マーケットが目まぐるしく変化して、自力で頑張っても成果が出にくくなったときに、チャレンジングな目標を目指すのではなく守りに入っていくのを感じた」といった話がありました。他者との比較をし続けられることで、次第に失敗を恐れて高いゴールを目指さず、守りに入ってしまう傾向があるのではないかということです。

​コロンビア大学ビジネススクールのリタ・マグレイス氏が『競争優位の終焉』で述べているように、変化が常態化し、競争優位が瞬時に崩れ去る時代においては、常に新しいチャレンジを繰り返し、イノベーションを生み出し続ける必要があるため、他者と比較され続けたことで守りの姿勢が定着してしまった組織では高い価値を創造することができなくなってきています。もしかしたら、ノーレイティングは、保守的なカルチャーから、常に成長と高い目標への挑戦を求めるようなカルチャーへの変革の起爆剤となるのかもしれません。

市場規範と社会規範

『予想通りに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』などの著書がある行動経済学者のダン・アリエリー氏は、社会規範と市場規範の2つの側面によって人間の行動は影響を受けており、またその2つの規範を両立することは難しいと述べています。

​これをパフォーマンス・マネジメントの文脈で捉えれば、社会規範はお互いの信頼関係や思いやりに基づく協力・共創的な行動や、社会やお客さまに対して生み出したい価値・インパクトに基づいた判断や行動様式と言えるかもしれません。一方で、市場規範は、提供する労力に対して妥当な報酬を求め、もし見合うだけの利点が得られる保証がないならば行動を起こさないというような、金銭的報酬のために仕事を行うという前提に基づいた判断や行動様式のことと言えるかもしれません。

​ダニエル・ピンク氏が『モチベーション3.0』の中で、アメとムチのような成果報酬のモチベーションではなく、何かを達成したいとか、社会の役に立ちたいといった個人の中から自然と出てくるモチベーションこそが持続的な成長をもたらすということを明らかにするなど、社会規範の重要性を示唆する多くの研究結果が発表されています。

そして、多くの企業が理念やフィロソフィーとしては、社会規範の重要性を説くメッセージを打ち出しています。

​こうした状況下で、企業の人と組織を支える人事制度が、実際の運用場面において市場規範的に行われているとしたら、一貫性の欠如から従業員は混乱してしまい、パフォーマンスにも悪影響を及ぼしかねません。

Ratingが報酬と強く結びついていることで、職場の中での市場規範が強化されているという仮説に立脚すれば、職場の中で社会規範を高めるための一助として、ノーレイティングの流れを位置付けることができるのではないかと思います。

チームワークを高める

評価段階付を伴う従来のパフォーマンス・マネジメントの弊害としてよく指摘されることとして、定められた分布率に収まるように相対評価で段階付けを行うことが、同僚が協力し合う仲間ではなく、自らの評価を落とす危険性のあるライバルとして認識してしまうことを助長し、チームの一体感や協力関係を阻害してしまうという点があげられます。これはチーム内だけでなく、チーム間・組織間の中でも同様に作用し、「わざわざ自部署のリソースを他部署のために使って、向こうの成果に貢献したくない」といった心情を生み出し、部門間での対立やサイロ化を促してしまっているのではないかという議論がありました。

​大量生産・大量消費の時代、仕事を要素分解し、1つのやり方を徹底的に拡大させていくことが効率的な世界では、評価段階付で組織内の競争意識を高めることが企業の競争力につながることもあったかと思われます。しかし、企業を取り巻く環境がVUCA Worldになっている中で、チームワークを高め、俊敏に変化に適応して新しい価値を創造しようとしたときに、評価段階付などの制度が社内の協力よりも競争を助長しているのであれば、これを廃止することでチームワークやコラボレーションを高めていく変化の流れを作り出すことができるかもしれません。

個別化・ダイバーシティの実現

人々の趣向や価値観が多様化し、画一的なモノやサービスの提供では競争優位を築けない現代社会で、ノーレイティングとは従業員の独自性や個性に合わせた個別化と捉えることができるのではないか、という議論もありました。

ダイバーシティの高まりや技術の進展に伴って、ビジネスの現場では個別の潜在的なニーズを発掘して、それに応じたサービスや商品を提供する力が求められるようになり、多くの企業がそうした力を高めるために、内的なダイバーシティを高める施策に取り組んでいます。従業員の働く環境は、画一的な就労スタイルから、フレックスタイムや時短、リモートワーク、副業なども含めた多様な働き方へとシフトが起きています。

さらには、そうした従業員が普段の生活の中で、パーソナライズされたサービスの受益者となる機会が急激に増えていることも大事なポイントかもしれません。そうしたサービスを当たり前のように体験できるようになった社会の中で生活していて、職場では画一的な評価段階付によって分類されてしまうとすれば、従業員のエンゲージメントに悪い影響を及ぼし、ひいては企業の活力を弱めてしまう可能性があります。もしそうであるならば、社会の個別化というトレンドに沿って評価段階付を廃止し、一人ひとりの従業員に個別に向き合ったフィードバックを行っていくという取り組みは、企業の競争力を高めることに繋がるでしょうし、組織内での真のダイバーシティの実現にも結びついてくるのではないかと思われます。

もちろん、他にも観点があるかもしれませんし、時代の変化や状況の変化によって変わってくるものと思いますが、ここまでの議論の途中経過として、研究会の中で扱われたノーレイティングに関する観点をご紹介させていただきました。

最も重要なことは、評価段階付するかしないかという表面的なこと議論ではなく、経営理念・フィロソフィーと現在の状況を照らし合わせたうえで施策を検討することだと思います。ここでご紹介したような観点がそうした本質的な検討を行う際のいとぐちとなれば幸いです。

(第2期パフォーマンス・マネジメント革新研究会での議論を(株)ヒューマンバリューが整理)

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