活動報告

パフォーマンス・マネジメント革新の真のねらい

『労政時報』 掲載記事
​※この記事は、「労政時報3932号(2017年07月14日)」から抜粋・転載しています。
パフォーマンス・マネジメント革新の真のねらい
「ノーレイティングの人事評価制度」で注目を集める
取り組みが目指すものと実践のポイント

社員の成果をめぐる評価の在り方が多くの企業で課題とされる中、近年、米国グローバル企業の間で広がりつつある「パフォーマンス・マネジメント革新」の取り組みが大きな注目を集めている。

​ その改革の柱は、評価制度を構える日本企業のほとんどで行われているような、年次評価による社員のランク付けを廃止し、上司と部下、あるいは同僚との間でフィードバックや対話(カンバセーション)を頻繁に行い、ビジネスの変化に絶えず対応を図るともに、学習と成長を促す環境づくりを進めていくというもの。成果に対する報酬は、明確な基準により各組織に分配された原資を、マネジャーの裁量により各人へ配分していく形となる。

 とかく、「本当に制度運用できるのか」「自社で導入検討をする場合はどうすべきか」など、仕組みの在り方に目を奪われがちではあるが、単なる制度の模倣のみでは成功への道のりは描き難い。そこで今回は、こうしたパフォーマンス・マネジメント革新の動向に詳しい㈱ヒューマンバリュー 取締役主任研究員の川口大輔氏に、各社が目指すこれからの在り方と、日本企業での実践検討に向けたポイントについて解説していただいた。

ポイント

❶近年、米国グローバル企業の間では、年1回の評価・ランキングを廃止し(ノーレイティング)、上司・同僚・部下間での頻繁なカンバセーションを通じて学習と成長、成果の向上を促すパフォーマンス・マネジメント革新の取り組みが加速度的に広がっている。その背景として、各人を評価ランクに当てはめるレイティングが、社員のモチベーション低下やマネジャーの負担増を生む原因となっているほか、評価に伴う年1~2回の面談ではビジネスの変化スピードへ対応できないなどの既存制度の問題点が指摘されている。​

❷パフォーマンス・マネジメント革新の目的は、単なる制度・ツールの見直しにとどまらず、社員のマインドセットの転換、社内カルチャーの変革などのねらいも見て取れる。その取り組みのキーに挙げられるのが、①学習と経験により自らの能力を伸ばしていく「グロース・マインドセット」の醸成、②チーム内に信頼関係を醸成し、メンバーの主体性・創造性を解放していくピープルリーダーとしてのマネジャーの役割転換、③処遇・報酬システム革新の三つである。

❸実際に日本企業でノーレイティングを導入する場合には、報酬配分に関するマネジャーの裁量拡大、各事業部への報酬原資配分方針の検討が必要となる。また、レイティングと昇格運用が密接に関連する日本企業独特の仕組みの見直しも必要だ。ただし、パフォーマンス・マネジメント革新のゴールはノーレイティングの導入ではなく、「評価のための評価」に陥りがちな制度の問題点を改め、成長に向けた機会づくりを促すことにある。そのためのグロース・マインドセット醸成の取り組みは、制度を大きく変えなくとも、成長や成果向上に向けたカンバセーションを増やすなどの施策により進めていくことができる。

​はじめに

近年、米国のグローバル企業を中心に、人事評価制度を含む従来型のパフォーマンス・マネジメントの在り方を見直す動きが広がっている。具体的には、年に1回の評価・ランキングを廃止し(ノーレイティング)、上司や部下、あるいは同僚同士が日常の中で頻繁にカンバセーションを行うことで、社員の学習と成長、パフォーマンスの向上を促していけるような制度や環境を築くことに舵(かじ)が切られている。​

 本稿では、このパフォーマンス・マネジメント革新の背景にある核心部分を掘り下げ、日本企業がこうした動きにどう向き合っていくべきかを考える視点を提供していきたい。

1.米国企業におけるパフォーマンス・マネジメント革新の状況

最初に、先行的に取り組んでいる米国企業の状況について見てみたい。取り組み方は企業によってさまざまであるが、一例を示すと、アドビ システムズ(以下、アドビ)は2012年から従来の人事評価制度を大きく刷新した。それまでの評価制度では、どの会社でも行われているように、年に1度、マネジャーが社員を4段階で評価し、あらかじめ決められた分布率に当てはめる「スタック・ランキング」と呼ばれる仕組みが用いられていた。しかし、評価を行うには、多くのペーパーワークが伴い、毎年マネジャーが評価を実施するのに要する時間は延べ8万時間にも及んでいたという。また、そうした労力にもかかわらず、評価結果への不満から多くの退職者が出たり、カーブ(評価分布)に人を当てはめる相対評価がチームワークを阻害するといった問題が起きていた。​

 そうした状況への課題意識から、同社では、新たなパフォーマンス・マネジメントの在り方を模索すべく、社内のイントラネットを使って数千人の社員からフィードバックを受けるなど、活発な議論を行っていった。​

 そして社員の想いを反映した制度として、2012年秋から年次評価を廃止し、マネジャーとメンバーがより頻繁に(最低でも四半期に1回)カンバセーションを行う「チェックイン」を導入した。チェックインでは、評価を目的とせず、ゴールや期待される成果を確認し、その実現に向けた建設的なフィードバックを行い、さらなる成長に向けて何が必要かを話し合うことを通して、パフォーマンスの改善や成長の促進につなげていく。またカーブやランキングをなくすことで、チーム内に競争ではなく、協働していくことへの意識を育んだり、マネジャーの報酬決定に関する裁量を拡大できるようにした。​

 社内でもチェックインの評判は良く、導入から数年が経過した現在では、頻繁なカンバセーションやフィードバックを通して成長していくことへの高い意識が生まれるとともに、離職率の低下や費やす時間の削減につながるなど、大きな成果を生み出している。​

 アドビのように先行して取り組んだ企業の影響を受けて、米国ではノーレイティングに代表される新しいパフォーマンス・マネジメントを構築する動きが加速度的に増えている。2016年の時点では、評価・ランキングを廃止する企業が「フォーチュン500」の20%にまで増え、2017年までには50%が革新に取り組むのではないかという予想も出ている。企業の種類も、前述したアドビやマイクロソフトのようなIT系の企業を皮切りに、GE、ギャップ、ファイザー、シアーズ、コカ・コーラ、ゴールドマン・サックスなど業種を問わず広がりを見せている。また、こうした動きを捉えて、ReflektiveやHighGroundなど、カンバセーションを促進させるようなアプリやシステムを開発・提供し、IT面から支援する企業も出てきている。​

 2016年にNeuroLeadership Instituteが実施した調査によると、パフォーマンス・マネジメントの革新に2年以上取り組んでいる企業の多くが、会話の量・質やエンゲージメントの向上が見られ、取り組みは投資に値するものであったと回答しており、実際の成果も生まれ始めている状況にあるといえる。

2.パフォーマンス・マネジメント革新の背景とねらい

こうした動向に向き合う上では、表面的な事象を見るだけではなく、その背景に何があるのかを深堀し、本質を捉えることが大切である。ヒューマンバリューでは、パフォーマンス・マネジメント革新で起きていることを[図表1]に示すような三つの層で捉えている。この3層を順に眺めながら、変化の核心に迫っていきたい。

​[1]第1層:手続き・制度・ツール

 パフォーマンス・マネジメント革新に取り組んでいる企業の動きを見ると、手続き・制度・ツールの側面からは、おおむね次のような共通の特徴が見て取れる。

●ノーレイティング(年次の評価段階付けの廃止)​

●ノーカーブ(分布率に基づいた相対評価の廃止)

●頻繁なカンバセーション、フィードバック

●カンバセーションを促進するアプリの活用

●マネジャーの裁量の拡大(業績にリンクした報酬の配分)

 これらは従来の仕組みの課題への対応として生まれた側面がある。本来、モチベーションを高めるはずのレイティングが、逆に低下を招いたり、マネジャーへの不信感を生み、関係性を悪化させていた。また、分布率に基づいた相対評価によって、顧客や社会に価値を生み出すことよりも社内の競争に焦点が当てられてしまう。そして、年度末に行われる複雑な評価プロセスはマネジャーにとって重荷となり、何よりも1年に1~2回の面談では変化のスピードに対応できず、実際のビジネスの状況にそぐわないという事態を招いていた。このように現行の制度が機能不全に陥っている状況に向き合い、改善しようとした結果が上記の変革につながっているといえる。

[2]第2層:戦略・カルチャー・マインドセット

しかし、こうした動向を受けて、「自社でもレイティングを廃止すべきだろうか?」と問い、拙速に制度だけまねたり、変更したりすることは望ましいとはいえない。制度はあくまで手段であり、自分たちのビジョンや戦略はどのようなものか、その実現に向けてどんなカルチャーやマインドセットを生み出していくべきかという“目指したい姿”をまず見据えた上で、合理的な制度の在り方を考えていくことが重要となる。先行して取り組んでいる企業も、制度ありきではなく、必ずそこには目指したい姿が存在している。

 それでは、現在パフォーマンス・マネジメントの革新を推進している企業はどういった姿を目指しているのか。もちろん、企業によって異なるものであるが、そこ共通する部分を紹介してみたい。

(1)グロース・マインドセットを醸成する

 パフォーマンス・マネジメント革新が進む時代的な背景として、企業を取り巻く環境の変化が前提にある。現在はVUCAワールドと言われるように、不安定性(Volatility)、不確実性(Uncertainly)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)が高まっている。そして、こうした静的環境から動的環境への変化が、人材や組織、マネジメントに対する考え方に変化をもたらしているといえる[図表2]。

変化の激しい時代に新たな価値創造を行うには、変わり続ける状況から常に学ぶ姿勢を持ち、日々の仕事を通して成長することを目指すようなマインドセットをすべての人々が持つことが重要である。こうした側面から、現在注目を集めている研究に、スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック教授による「グロース・マインドセット」がある。​

 ドゥエック氏は、人々の学習と成長に関するマインドセットを大きく二つに分けて捉えている[図表3]。一つは、「フィックスト・マインドセット」(Fixed Mindset)と呼ばれるもので、これは、「自分の能力は固定的で変わらない」という考え方に基づいている。こうしたマインドセットを持つ人は、失敗したくないという意識が強く、他人からの評価が気になり、新しいことにチャレンジしなくなったり、すぐにあきらめてしまい、成長につながりづらいという傾向がある。​

 もう一つは、「グロース・マインドセット」(Growth Mindset)と呼ばれるもので、これは、「自分の能力は努力と経験を重ねることで伸ばすことができる」という考え方に基づいている。こうしたマインドセットを持つ人は、失敗を恐れず、学びを楽しみ、他人の評価よりも自身の向上に関心を向け、成長が促進されやすい傾向がある。

静的環境においては、与えられたゴールに向けて、やるべきことをしっかりと行い、目標の達成度を適切に評価してもらうというフィックスト・マインドセット的なモデルでもうまく回ってきたかもしれない。しかし、変化が激しい動的環境では、ストレッチなゴールを自ら掲げ、失敗を恐れずチャレンジし、失敗から多くを学び、日々の仕事で工夫を重ね、新たな価値を生成していけるようなグロース・マインドセットが大切になることは明白である。​

 その一方で、従来的な人事評価制度が人々をフィックスト・マインドセットに陥らせていることが脳科学の領域からも示唆されている。NeuroLeadership Instituteのデイビッド・ロック氏は、職場において人々の恐れや誘発を誘引する要因をSCARFと呼ばれるモデルに整理している。SCARFは、「Status(存在の承認)」「Certainty(未来の見通し)」「Autonomy(自律性)」「Relatedness(仲間意識)」「Fairness(公平性)」の頭文字を指し、この五つの要因が脅かされると、脳の偏桃体が刺激されて闘争・逃走反応を引き起こし、学習に対してネガティブな影響を与えることが分かっている。ロック氏は、従来的な人事評価制度において、評価段階付けを通して他者と比較すること自体が、人の不安や誰かにジャッジされるという恐れを引き出し、自らの成長よりも、周囲との比較に焦点を当て、不要な競争や貢献感の欠如を招くなど、「フィックスト・マインドセット」につながっていることに警鐘を鳴らす。

 こうした背景を見ていくと、パフォーマンス・マネジメント革新の大きなねらいの一つは、組織内にグロース・マインドセットを醸成していくことにあるといえる。例えばギャップでは、グロース・マインドセットとSCARFモデルをパフォーマンス・マネジメント革新の重要な考え方として社内に展開し、職場に安全な環境を築きながら、より大きなチャレンジ、成長を図っていこうとしている。

(2)カルチャーを変革する

こうした取り組みを通じ、併せてて各企業が目指していることにものとして「カルチャーの変革」がある。企業の違いに関わらず、現在実現したいカルチャーの方向性として、「カスタマー・フォーカス」「コラボレーション」「自律・創発」「アジャイル(agile=機敏)」といったものが挙げられる。

 静的環境の下で、ビジネスの影響範囲も限られた状況の中では、クローズシステムの中で、効率化、最適化、業績の最大化を図ることが重要であったかもしれない。そこでは、たとえば例えば、目標を個人や組織に割り当て、上司のコマンド&コントロールのもと下で、それぞれが達成に向けて、取り組むことが求められた。​

 一方、社会が動的環境になり移り、すべてのものがインターネットでつながるなど、影響の範囲が広がってくると、限定された範囲での最適化や、与えられたやり方で規模の拡大を目指すことの限界が見られるようになってきた。期首に与えられた目標の達成に各自が取り組むだけではなく、カスタマーにとっての価値を第一に考え、状況の変化から素早く学び、自律的な行動を取っていくことが重要である。また、オープンシステムの中で、社内外との協働の質を高め、創発から価値を生み出すことが大切になってきている。

 具体的な例を挙げると、たとえば例えばGEでは、IoT(モノのインターネット)時代の製造業の在り方として「デジタル・インダストリー・カンパニー」を掲げ、その実現に向けて、カスタマー・フォーカスや、アジャイルに学んでいく働き方やカルチャーの変革を目指している。パフォーマンス・マネジメント革新も、単に制度の変更ではなく、こうしたカルチャーを生み出すための一つの柱として位置づけている。また、マイクロソフトでは、社員が生み出したインパクトを「個人としてチームにどれだけ貢献できたか」「他者の成功にどれだけ貢献したか」「他者の成功をチームのためにどれだけ活用できたか」といった視点で把握していくことで、コラボレーションに基づいたカルチャーを築こうとしている。

 変化の時代においては、カルチャーこそが、企業が価値を生み出し続ける源泉となる。パフォーマンス・マネジメントを革新することは、カルチャー変革のレバレッジのひとつ一つであるといえよう。

[3]第3層:人・組織と社会の哲学

そして、三つの層の最も深い部分として、「人・組織と社会」に対する「哲学の転換」が起きているといえる。これまで企業内で採られてきた人事施策の多く(人事評価制度を含む)は、企業側を主体としたものであったかもしれない。それは、私たちが日常何気なく使う言葉にも表れている。「社員を成長させる」「社員のやる気を引き出す」という言葉の背景には、企業側が社員にそうさせるという暗黙のスタンスがある。

 しかし、そうした操作的な取り組みは、やらされ感につながりやすく、本当の意味での社員の主体性・創造性・情熱を解き放っていくことは難しい。今起きているパフォーマンス・マネジメントの変革は、企業側を主体、従業員を客体と見なす在り方から、社員一人ひとりこそが価値創造の主役であり、企業はそうした価値創造の経験と学びをサポートする存在であるという世界観の転換を意味していると捉えられる。人々の言葉も、「社員が自ら成長できる経験や機会を最大化する」「社員が主体性を解放できるように支援する」というように変わってきている。ヒューマンバリューではこのような世界観の変化を、「『カンパニー・センタード』から『ピーブル・センタード』への転換」という言葉で表現している[図表4]。

[4]3層の整合性を取り、できるところから始める

これから革新に取り組む上で大切なのは、この3層のつながりや整合性を一貫させていくことである。制度やツールだけを変えたとしても、それらを運用する人や組織のカルチャー、マインドセット、哲学が一貫していなければ、制度や仕組みが独り歩きしてしまい、せっかくの革新も理想の状態へは進んでいかない。また、人や組織のマインドセットや哲学を変えようとしても、制度やツールが従来の仕組みのままでは、たとえ一時的にマインドセットや哲学が変わりかけたとしても、そのうち元に戻ってしまうかもしれない。​

 しかしこれは、完全に整合性の取れた大掛かりなシステムを導入したり、すべて準備が整ってから何かを始めるべきということを意味するのではない。言い方を変えれば、こうした整合性を意識しながら、できるところから始めて少しずつ変化を起こしていくことが肝要といえる。

3.パフォーマンス・マネジメント革新に向けたテーマとポイント

それでは、実際にパフォーマンス・マネジメントの革新に取り組む上でどのようなことを考える必要があるだろうか。ここでは、多くの企業の関心が高い三つのテーマとそのポイントについて概説し、一歩を踏み出すヒントを得ていきたい。

[1]グロース・マインドセットをいかに育むのか

 一つ目のテーマは、「グロース・マインドセットをいかに育んでいくか」である。そのためのアプローチは無数に考えられるが、いくつかの方向性を示唆してみたい。

(1)評価のための制度から、成長、インパクトに向けた機会への転換

従来的な人事評価制度では、詳細な基準や目標、コンピテンシーを設定し、達成度を評価して公平性を高めることを重視していた側面があったかもしれない。しかし、そうしたアプローチでは、定められた項目だけをやればいいという考えを招いたり、評価が低くならないよう、目標を低めに設定するなど、社員のフィックスト・マインドセットを助長してしまう。また、評価への意識が過敏になるため、評価結果への納得性も高まりづらくなる。

 グロース・マインドセットを育むには、目標をやるべきタスクとして捉えたり、評価されるからやるという意識から脱却すること。そして、仕事を通じて何を実現したいのか、どんな価値を生み出したいのかという“働く意味”を主体的に考え、その実現に向けて日々の工夫や学習を生み出していくことが重要である。また、社員が自ら生み出した価値やプロセスを振り返り、今後の改善やさらなる成長につなげる機会として捉え、セルフ・マネジメントを高められるようにする必要がある。

 こうした観点から、パフォーマンス・マネジメント革新に取り組む企業の多くは、複雑な評価項目を捨て、基準や期待役割をできるだけシンプルに改め、社員によるどんな価値創造がカスタマーや組織への貢献につながるのかを自ら考えたり、話し合ったりするための材料として活用できるよう促している。また、目標の達成度を評価するのではなく、生み出した価値を評価することで、チャレンジングな目標を設定しやすくしたり、期中でもゴールをアジャイルに変更できるようにすることなどで、他者と比べた評価ではなく自身の価値貢献や成長を実感できるようにしやすくしている。

 このように、これからは評価のための制度ではなく、働く意味や成長実感を育む機会をどう生み出せるかといった観点から人事評価制度を見直すことがグロース・マインドセットを育てる上で重要になってくるだろう。

(2)豊かなカンバセーションを通じて信頼・安心に基づいた職場環境を築く

パフォーマンス・マネジメント革新の大きな特徴の一つに、年1回の面談ではなく、マネジャーとメンバーとの頻繁で質の高いカンバセーションを重視することが挙げられる。これもグロース・マインドセットを育む営みの一つといえる。これまでのようなフォーマルな面談というよりも、「チェックイン」「タッチポイント」「タッチベース」と呼び方を変えるなど、より気軽に、かつインフォーマルにコミュニケーションできるよう工夫を行っているところが多い。

 その会話の在り方も、良しあしをジャッジしたり、問題を詰めたりするような形では逆にフィックスト・マインドセットを助長するかもしれない。話しやすい雰囲気づくりを大事にし、[図表5]に示すような質問・投げ掛けを通して、これまでのプロセスや学びをメンバーとともに丁寧に振り返ったり、今後の成長や生み出したい価値を考えていくようなコーチング的な会話がポイントである。マネジャーが活用できるようなカンバセーション・ガイドなどを用意する企業も増えている。

また、会話の中で成長に向けたフィードバックをいかに効果的に行っていくかも、関心の高いテーマである。例えばGEでは、フィードバックという言葉ではなく、「洞察」や「見通し」を意味するInsight(インサイト)という言葉を使うようにしている。具体的な行動を継続するよう促すものをContinuous Insight、違うやり方に修正するよう考えてもらいたいことをConsider Insightと呼び、フィードバックのように重く考えすぎずに、気軽に行えるようにしている。特に、リーダー自らが積極的にInsightをもらうように働き掛けていくことがポイントのようである。また、メンバー同士がタイムリーにインサイトを共有できるようなアプリも併せて導入するなど、さまざまな工夫が行われている。

 こうしたカンバセーションやフィードバックを通じて自身の成長を促進するような体験を継続的に繰り返していくことで、人々の学習や協働を阻害する「恐れ・不安」を減らしていくこと。そして、「信頼・安心=ソーシャル・キャピタル」に基づいた職場環境を築いていくことが組織的にグロース・マインドセットを築いていく上でのポイントになるといえよう。

[2]マネジャーの役割を転換する

 パフォーマンス・マネジメント革新を行っていく上では、マネジャーの役割がキーとなる。特に、結果としての業績や指標を管理したり、コマンド&コントロールを行うといったモデルから、チームの中に信頼関係を醸成し、メンバーのグロース・マインドセットを育み、主体性・創造性を解放していくといった、ピープル・リーダーとしての側面が今後はより重要になってくると考えられる。では、マネジャーの役割を転換していく上で何がポイントとなってくるのだろうか。

(1)変革の背景、意味を共有・探求し続ける

 マネジメントの在り方を変革していく上では、「なぜ変革が必要なのか、何のための変革なのか」を共有し続けることが重要である。例えば、新しい制度を導入する場合も、制度の在り方を伝えただけではマネジャーも腑に落ちず、以前の役割意識のまま手順の変更のみにとどまる形骸化が起きかねない。 [図表1]で示した3層のモデルにあるように、社会で今どんな変化が起きているのか、その中で自社がどんな戦略やカルチャー、マインドセットを実現していきたいのか、そのために新たな制度がどんな位置づけにあるのかを、何度も丁寧に共有していくことが重要であろう。また、マネジャー自身が考え、探求できるような対話の場を設けていくことで、少しずつ自分たちで新たな役割意識を生み出してもらえるようにすることも大切である。

(2)マネジャー同士が実践から学び合う

そして、より重要なのはマネジャー自身が実践を通して学び合える環境を築いていくことにある。パフォーマンス・マネジメント革新は、マネジャーにとっても新しいチャレンジとなる。考え方を聞いたり、頭で理解しようとするだけでは、イメージが湧かなかったり、不安を感じることも多いだろう。まずは自分なりのチャレンジを行ってみて、そこから得られた気づきを仲間と共有し合ったり、お互いの実践から学んだり、励まし合いながら、さらなる実践につなげるといった組織的な学習を促進していくことが必要だろう。

 例えば、ギャップジャパンでは、新しい制度を展開する過程で、ソーシャル・ラーニングという場を設け、HRが教えるのではなく、マネジャー同士がお互いから学び合うことで、より良い実践につなげたり、マネジャーの意識を高めていくことにつなげている。このほか、「タレント・ミーティング」と呼ばれる場を設け、マネジャーが自分のメンバーの強みや課題、今期の目標や長期的なキャリアビジョンを持ち寄って共有し、いかにメンバー育成を行っていくかについて組織を超えて話し合っている企業も多い。

 こうした例にあるように、マネジャー一人ひとりが孤立せず、連携してチームで支え合ったり、グロース・マインドセットを持って、チャレンジしていけるようにしていくことが重要といえる。

[3]処遇・報酬システムについて

 三つ目に取り上げるテーマは処遇・報酬システムである。パフォーマンス・マネジメントの革新の本質は、報酬マネジメントにあるのではない。しかし、実際運用するとなると、人事で働く人にとって関心が高いことも事実である。そこで、日本企業がノーレイティングに代表されるようなパフォーマンス・マネジメント革新に取り組む上で、処遇・報酬システムについてどんなことを考えていく必要があるのか、をポイントを絞って紹介してみたい。

(1)マネジャーの裁量の拡大と原資配分の考え方

例えば、実際に日本企業がノーレイティングを実施しようとするとき、処遇・報酬面について何を変え、何を検討していく必要があるのだろうか。先行して取り組んでいる米国の企業の動向を見ても、Pay for Performanceの原則は変わらない。実際に変わるのは、定められた評価分布にメンバーを当てはめてランク付けし、自動的に報酬を割り振るというやり方だ。

 ノーレイティングを取り入れた新しい制度の特徴は、メンバーへの報酬配分を2段階で配分を行うことにある。最初の段階は、会社から各組織へ割り当てる原資の配分。そして次の段階が、割り当てられた予算(原資)のマネジャーによる分配である。基本的にこの考え方は、メンバー一人ひとりの活動のマネジメントに携わり、その成果を最もよく把握しているいるマネジャーが、報酬の配分も行うべきである、という考えに基づいている。既に取り組みを行っている企業でも、こうした分配の方法を取り入れたことにより報酬に対する納得感が高まっていると報告されている。ここでも大切になるのが、グロース・マインドセットの醸成に向けたマネジメントの在り方のシフトであり、そのベースとして頻繁なカンバセーションが不可欠である。

 また、こうした仕組みを取り入れる際には、組織としていかに原資を配分するのかが課題となる。通常、事業部やカンパニーの業績に応じて、組織に与える原資を変えていくことになる。しかし、業績に応じるといっても、花形の利益を稼ぎ出す事業部もあれば、将来の種まきを担う事業、またコストセンターとして存在する事業など、その位置づけも様々さまざまなものがである。そうした中で、原資配分の方針を組織内で検討し、透明性を高めていくことが一つのチャレンジとなろう。

(2)昇格運用の在り方の再考

パフォーマンス・マネジメント革新に取り組む際、特に日本企業では、昇格運用と年次評価の結び付きが強い側面があることも課題として挙げられる。例えば、「○年連続でA評価を取ると昇格」というように、年次評価に基づく昇格要件を設けて運用している企業も多いと思われる。新卒一括採用で横並びの意識が強いカルチャーの場合、業績評価以上に、こうした昇格運用の在り方が他者との比較への意識をかき立て、社員のフィックスト・マインドセットを高めてしまう可能性がある。また、昇格させるために評価の帳尻合わせが行われるといった本末転倒の事象が起きる場合もある。 実際にノーレイティングを導入すると、評価ランクへの当てはめがなくなるため、レイティングの情報から昇格を導く運用ができなくなり、昇格の可否については実際に上位ランクの期待役割やアカウンタビリティを果たせるかどうかで判断していくことが必要となる。そのためにも、前述したタレント・ミーティングのような仕組みを制度化し、マネジャー同士が集まって、各メンバーが上位ランクの役割を果たしていくためには何が必要なのか、どんなチャレンジを提供していくべきか、などを組織的に明らかにしていくことが重要だろう。

(3)これまでの仕組みを生かして取り組む

パフォーマンス・マネジメント革新は、ノーレイティングの導入をゴールにしているわけではない。実際に筆者らが支援している企業の中には、将来的にはノーレイティングのような制度を検討していきたいが、いきなり制度を大きく変えるのは難しいため、できるだけ現状の仕組みを生かしつつ、実現したい状態に近づけたり、評価の納得性向上につながるような運用を行おうとしているところも多い。  

 その際には、いかに社員の中にグロース・マインドセットを育んでいけるかがポイントとなる。社員のフィックスト・マインドセットが高ければ、どんな制度を入れても評価の納得度は高まりづらい。グロース・マインドセットを高めていくことが結果として評価の納得度向上につながるのは、前にも述べたとおりである。

 例えば、ある企業では、レイティングを行う人事評価制度や報酬システム自体は変えないものの、これまでの詳細な基準や達成度で評価するアプローチをやめ、シンプルな基準を基に、現場でマネジャーとメンバーが期待やチャレンジを話し合うような運用に変えていくことで、評価のための評価ではなく、成長に向けた機会づくりにつなげようとしている。また、パフォーマンス・マネジメント革新に取り組む企業の多くが、報酬や評価結果の通知のための面談と、成長や成果向上に向けたカンバセーションを同時に行わずに切り分け、後者により時間をかけられるようにしているのもグロース・マインドセットを育むための工夫といえよう。

終わりに――人事の在り方のシフト

 本稿では、パフォーマンス・マネジメント革新の背景や実践のポイントについて深堀りしてきたが、革新に取り組む多くの企業の人事の方々にお会いして強く感じることは、推進する人事部そのものが自分たちの役割をシフトさせようとしていることだ[図表6]。

これまで、どちらかというと、制度は完璧なものでなくてはならない、常に人事は正解を知っていて、正しく伝えなければならないというスタンスが強くあったかもしれない。しかし、パフォーマンス・マネジメント革新は、変化の時代に価値を生成し続けられるよう、マネジメントの取り組みを高め続けていくものである。そこでは、制度や人事の在り方も、いわば“顧客”である社員一人ひとりにどんな価値創出を求めていくかを考え、すばやく実践し、失敗から学び、現場のメンバーとともに進化させていくことが重要となる。​

 私たち人事に関わる一人ひとりが、グロース・マインドセットを高めていくことを大切にし、できるところから実践を始めていきたい。

【参考】

○アドビ・チェックイン・オープンサイト

○David Burkus, How Adobe Scrapped Its Performance Review System And Why It Worked, Forbes, 2016

○パフォーマンス・マネジメント革新フォーラムサイト​

○キャロル・S・ドゥエック『マインドセット』(草思社、2016年)

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